天正年間〜明治12年までの町名。 豊臣秀吉公の城下町造営により成立。 旧八幡荘内の村落名が町名になったと伝えられる。 江戸期を通じて朱印地。 元禄8年の家数15 人口73。 明治12年紺屋町、箕浦町、横浜町と合併し永保町となる。
その後、昭和に入り朝日町となる。
瀬田町
箕浦町
横浜町
大安寺町
紺屋
八幡町