天正年間〜明治12年までの町名。 豊臣秀吉公の城下町造営により成立。 坂田郡の箕浦市場から移住した人々の居住地であったことに由来する。江戸期を通じて朱印地。 元禄8年の家数15 人口77。明治12年 紺屋町、瀬田町、横浜町と合併し永保町となる。 その後、昭和に入り朝日町となる。
瀬田町
箕浦町
横浜町
大安寺町
紺屋
八幡町